Haruo's Private

「私学経営」No.269 平成9年7月号 p.56 社団法人私学経営研究会

万 歩 計

森本晴生

 小学校の頃は歩くことが面倒で、ほんの二百メートル先でも自転車に乗って出かけた。しかし、就職してからは自転車を使う機会が遠ざかり、歩くことが多くなった。一時期は中古自動車を愛用していたが、いつの間にか好んで歩くようになった。

 歩くということは便利なもので、交通渋滞の影響はなく、所要時間はかなり正確に予測できる。横断歩道の上とか、交差点の真中でもない限り、どこで立ち止まっても他人の迷惑にならない。店先をのぞき込んでも、季節の花や鳥を見ながら歩いても、まず交通事故の心配はない。

 ところが、歩くことは好きだということを理解してもらえないことが多い。とくに、自動車愛用者から見ると、知人が歩いていれば乗せたくなる衝動に駆られるようである。「乗って行きませんか」と親切に勧めてくださるのをお断りするのは、いささか申し訳ないような気がするので、歩きたいのを我慢して乗せてもらったことは何度もあった。その人には歩く趣味がないために、「歩きたい」ということを単に遠慮するための口実であると理解してしまうようだ。十年ほど前に万歩計を着けるようになってからは事情が一変した。「車で送りましょう」と声をかけられたときに、「今日はあと何千歩歩きたいので」と説明すると、分かったような顔をして送るのを諦めてくださる。ありがたいことである。もっとも、自宅の四キロ手前で「ここからなら六千歩です」と言って降ろしてもらったときには、さすがに呆れた顔をされた。

 その後、万歩計を使って世界を歩くグループに誘われた。歩数を距離に換算して、その距離に応じて大陸を歩いたことにするもので、これまでにシルクロードを歩き、アメリカ大陸を横断した。現在はオーストラリア大陸を縦断している。毎月の記録を自己申告したもので競っているのであるが、送られてくる記録を見ると、平均の歩数は皆ほぼ一定しているようで、「前を歩いている」仲間を追い抜くのは至難の業である。しかし、気を抜くとどんどん追い抜かれてしまう。一日平均で千歩を余計に歩くのは、かなりの計画性を持たないと実現できない。

 ちなみに、このグループでもっとも多く歩く人の歩数は一日平均で二万歩を超え、少ない人は三千歩である。その中で筆者は、一万五千歩で、ここ何年かは多い方から二割程度の位置を維持している。毎日の通勤だけでは八千歩にしかならないので、一駅の区間を歩いてみることも多い。歩数を増やすために、所用を人に頼まないで自分で行って処理してくることも多くなった。報告を聞くだけでなく、実際に自分のめで見ると、目的物だけではなく新しい情報に遭遇することが多くなる。百聞は一見にしかず、とはこんなことなのかなと思っている。

 周囲の景色を見ながら歩いていると、かなりよい気分転換になる。いろいろのヒントが浮かんでくる。問題なのは、それをメモするのに困ることだ。立ち止まれば字を書くことができるが、道ばたで手帳を出して書き付けるのは億劫であるし、スマートさが感じられないので、せっかくの着想を書き留めないで忘れてしまうことが多い。

 歩いているせいか、だんだんと薄着になった。数年前は寒くてチョッキを愛用していたが、この二年は見るだけで暑くなり、チョッキはタンスの中で眠っている。これをどうするかも課題である。

(学校法人東京文化学園 事務局長):当時

>>> 私の歩行記録