新たに渡る戸を開け!
  14歳の頃の
新渡戸稲造
14歳の頃の新渡戸稲造  

創立80周年を機会に学校法人・東京文化学園は学校法人新渡戸(にとべ)文化学園と名前を変えます。

その理由をご説明しましょう。
それはこの学園の初代校長が日本を代表する初の国際人といわれる新渡戸稲造だからです。しかし若い人には、新渡戸稲造といってもピントこない人も多いでしょう。「武士道」の著者というより、今の5000円札の前の肖像として親しまれた人物と紹介した方が分かり易いかもしれません。
私たちは、新渡戸稲造の考え方がこれからの日本および世界にとって非常に大切であると考えています。それは、彼の語録がこれからの若人の行動指針を見事に指し示しているからです。
代表的な言葉に「われ太平洋の架け橋とならん」があります。自ら進んで欧米社会とのパイプ役となって社会の役に立ちたいという意味です。これをどのように現代的に翻訳するか、学園の生徒達に考えてもらいました。そうすると彼らは「新たに 渡る 戸を開け」と置き換えたのです。
また、新渡戸稲造は「夢こそ来るべき時代のさきがけである」ということも言っています。これをあなた方の分かり易い言葉に仕立て直してくださいというと、若者達は「新渡戸」の前に「夢」を付けてきた。つまり「夢新渡戸=ゆめにとべ=夢に飛べ」というようにしたのです。

そうなのです。この学園は、「大きな夢を育てる小さな学園」。
  “新たに 渡る 戸を開き”、“夢新渡戸=ゆめにとべ=夢に飛べ”学園なのです。

  円熟期の
新渡戸稲造
円熟期の新渡戸稲造  
若人よ、夢新渡戸(ゆめにとべ)!


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